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卒論発表会をおえて

知覚・認知心理学(実験心理学)のよしだです。

今週月曜には,学科の卒論発表会が行われました。

学生会館である10号館の1階ホールをお借りしてのポスター発表も,私たち社会臨床心理学科の定番の風景になりつつあります。
今年度は学科教員が14名と大幅に増えましたので,先生が発表を聞きにくる機会も増えたから,学生も本気モードでの説明に汗を流します(冷や汗かな? ^^;)。

私もたくさんの発表を聞かせてもらいましたが,中間発表時に比べると,説明が上手になっていてとても感心しましたよ。この日に向けてたくさん練習したのですね。

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前半と後半のセッションの切れ目には,ちょうど雨もあがって,きれいな虹がかかっていました。

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悲喜こもごもの年末年始を過ごした4年生たちですが,4年間の教育・研究活動の集大成として,満足のいく発表はできましたでしょうか。

集合写真の笑顔に充実感があふれています。
みなさん,本当にお疲れさまでした。

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私のゼミの4年生たちもご覧の笑顔ですよ(よしだの「Y」を作ってます ^^)。

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「吉田ゼミの人たちって,いつも本当に楽しそうですね。」

いいのか悪いのかわからないけど,なぜかそう言われるうちのゼミ生たち。
私のゼミは年間60日くらいは学外の施設などに活動に出るので,一緒にいる時間が他のゼミより長いからでしょうか,私は何も努力していないのに,全員仲がいいのは間違いない。

でも,今年のゼミの卒論生に,私は特別な思いがあります。

9人のゼミ生。仲がいいのに...全員が揃うことがない。

ここからは,とても個人的な文章になりますが,ご容赦ください。

たとえば文学のように,書くことによって生を得るものがあります。だから書こうと思いました。

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昨年のちょうどこの頃,私たちは大切なゼミの仲間(Aさんとさせてください)を交通事故で亡くしました。信じられない出来事。信じたくもなかった。

いつも私たちが施設に行くのに通い慣れた道路。Aさんとも一緒に通った道路なのに,夜,散歩で横断中に帰らぬ人になってしまったのです。

春休みに入った後のある日のメール。
「卒論と就活について相談したいのでお時間をとっていただけますか?」
東京に行くというので,それから戻った週の金曜午後に会おうという約束だったのに,広島に帰ったばかりの夜に事故にあった。


ゼミで集まるいつもの部屋。Aさんが座っていた席だけ空いている。本当にやるせなかった。みんなも同じ気持ち。


下の写真は,昨年5月の卒論構想発表会での発表資料。
資料の上部には,「〇〇ゼミ1」というようにゼミ名と連番を入れる決まりになっているのですが,私のゼミは,そこにAさんの名前の一部を記号にした小さな印を入れて追悼しました。
「Aさんが見たらわかるよね。」
吉田ゼミのすべての研究にあなたが共同研究者として一緒にいる。みんながあなたを忘れていない。という意味と気持ちを込めた。

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発表会で配布された資料に入った小さな印に,たぶん気づいた人もいないでしょう。あるいは,気づいても文字化け程度にしか見えなかったと思います。

でも,僕らにはくっきりと見える,大切な「思い」の入った印。


本当に大切なものは,けっして目には写らない。ひとりひとりの心の中にこそ写るのです。


Aさんが座るべき席は空席のまま1年経ったけど,ゼミ生といつも作業をしている実験室1の片付かないテーブルの上に居座っている「おでん缶」に気づいた人はいるかもしれません。

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「秋葉原では自動販売機でおでんを売ってるんだってよ。最近,流行ってるみたい。おいしいんかねぇ~。」
ネットのニュースを見ながらおしゃべりをした。亡くなった後,これお土産なんですがと,お母様から手渡していただきました。

ゼミ生たちが勉強したり,だべったり,内定取れなくて泣いたり,内定取れてお祝いしたり,いつもみんなが出入りする部屋で,仲間を静かに見つめ続けてきたおでん缶。
これも,この1年間,私にとってはとても大切な存在でした。

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学科の先生方にお願いして,卒論要旨集の吉田ゼミのページにも,あの小さな印を入れさせていただけることになりました。

学科の掲示板の横には,社会臨床心理学科が始まって以来のすべての卒論要旨が冊子になって置いてあります。

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春には,入学したばかりの1年生が,期待と好奇心いっぱいの眼差しで読んでいる。
夏には,いよいよ卒論テーマを決めようかという3年生が,ゼミの歴史を学んでいる。
秋には,どのゼミに行こうかと悩む2年生が,ゼミ選択の材料として参考にしている。
冬には,卒論を書いた4年生が,自分の要旨をまとめようと,先輩たちにスキルを教えてもらっている。

年を経るごとに,少しずつ手あかで汚れていく要旨集の冊子を,とても頼もしく見ています。


いつか,私たちの小さな印に気づく人もいるかもしれません。

「なんでこの年の吉田ゼミだけ,こんな印がついているんですか?」


さて,私がどう答えるかはわからないけど,確実に言えること...その時,私の心の中にいるAさんに明かりが灯る。


「悠久不滅の生命」
比治山大学の理念に含まれるこの言葉。こんなことなのかもしれません。


人はお互いがかかわり合いながら生きている。だから,その存在はその内だけに留まらない。


4年生のみんなは,今,大学の内でなすべきことをおえました。これからは外に目を向けて自分の世界を広げていってほしい。

ご活躍をお祈りしています。

(吉田弘司)

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2019年2月 1日 19:06に投稿されたエントリーのページです。

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